長岡亮介のよもやま話337「”女子力”という馬鹿馬鹿しい“力”の使い方に感じる軽みの楽しさに感心しています」

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 “力”という言葉の誤用についていろいろとお話してまいりましたけれども、誤解の余地がない“力”の使い方が、最近私は耳にして、それは面白いと思いました。それは“女子力”という言葉です。これは馬鹿げているので、その馬鹿馬鹿しさがみんながわかるだけに、何となく笑いながら使える言葉として、面白いなと私は思いました。

  “女子力”というのは、どうも女性が男性に対して「女子力で負けるわ」っていうような自嘲的に使う言葉のようですが、女性が女性らしさっていうものがあるっていうふうに思っていて、その「女らしさの点で彼には負ける」という言い方をするのが面白いなと私は思うのです。

 こういう馬鹿げたことの中に、何かしら現代的なエスプリを感じて、私は思わずクスッとしてしまいます。例えば、いろんなものを丁寧に思いやりを持って作るとか、お料理にしてもですね、あるいはちょっとしたお返事の手紙を同封するはがきあるいは封筒にしても、そういう中にきめ細かい心遣いがこもっているというのをどうやら女子力って言うんだそうですが、面白い言葉ですね。

 明らかに誰もそれが学力とか体力とかってそういう意味で使っているのではないっていうことがおもしろい点だと思います。こういう馬鹿馬鹿しいけれども、エスプリが効いてるのって素敵だと思いませんか。私の若い時代にはなかった、とても楽しい言葉遣いだと思って、若い人に向かって深く感心をしているところです。「最近の若者は」というふうに、非難されることが多いあるいは批判されることが多い最近の若者でありますけども、実は意外に冴えているところもいっぱいあると、私は思っているということですね。

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