長岡亮介のよもやま話279「自己責任追求について中筋さんのコメントに関して」

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 今日は、非常に熱心な読者から長文のコメントをいただき、大変感激しております。設計建築の専門家である中筋さんからいただいた、「建造物というものを、私達の想定を超えて安全係数というのをかけて作る」という工学部の思想、これは一般に建築物全般に貫かれていることだと思いますが、安全係数というのはどんなものかというと、私が理解する限りでは、言ってみれば、100年に一度くらいの大震災のようなものがやってきたときに、それでも倒壊するかしないかというギリギリの限界ですね。建物にストレスがかかったときにそのストレスに対して耐える能力、よく最近はレジリエンスって言葉も一般化してきておりますが、ストレスに対して応力がかかったときに、それに対して耐えうる力ですね。その力と言っていいかわかりませんが、エネルギーの概念だと思いますけれど、それを計算し、それをさらに安全係数といって、しばしば10倍という数をかけて、建築基準っていうのを作る。

 その基準を守っているおかげだと思いますけれども、東日本大震災のときに私自身は、8階建てくらいの建物にいて、それが丘の上に建てられていたもので、もう私の研究室は大いに揺れ、本棚の本は崩れ、机の上のデスクトップパソコンは倒れ、そう言う事態にあいましたけれど、建物自身はひびが入った程度で、人的被害というのは、私がそこに対していられなくなったという程度のものですみました。東京の多くの地域で同じことを経験しているんだと思います。日本の建物は、安全すぎるくらい安全でありまして、しかしそれは工学部の設計士の人たちが作る基準というのが、「人間が想定できる範囲っていうのは所詮たかが知れている。だからそこに安全係数っていうのをかける。」その安全件数を決めるときに、ここまでやったらどのくらい安全かというのではなく、まず起きたら大変だ。そういうようなことは滅多に起きないが、そういうふうなことが起きたとしても耐えられる。どの程度に耐えられるかっていうのを計算するために、例えば×10というのはいい加減にやるわけです。何でいい加減かっていうと、10であることの理由は何もないんですね。

 そのために、大げさに言うと、私の知る限りで言うと、人間が住む建物に関する安全基準、昔何年前でしょう、私忘れてしまいましたが、鉄筋コンクリートのビルだったと思います。今は大きなビルは鉄骨コンクリートになっているので遥かに強いわけですが、鉄筋コンクリートのビル、昔私が子供の頃鉄筋クリートっていうのは丈夫なものの代名詞でありました。いわゆる高度経済成長期に作られた鉄筋コンクリートの建物が、そこで使われた鉄筋が悪かったのではなく、コンクリートを作るための砂、砂を取るときに川砂っていうのが一番いいわけですが、川から砂を取るのはすごくコストがかかるわけです。川も荒れる。だから、その当時しばしば海砂が使われたわけですね。海砂はいくらでも安く手に入る。そして、言ってみれば港湾の浚渫の代わりにもなる。一挙両得というような感じで、川砂より海砂が好まれて使われたんですが、海砂にはご存知のように塩が含まれている。その塩が含まれているために、鉄筋が錆びちゃったんですね。わずかに染み入る水分、わずかにしみる空気。それを通して、鉄筋自身がさびて建物が老朽化する。急速に老朽化するということがあったわけです。これは建物だけではなく、高速道路などに関しても同じです。つまり、こんなことはあってはならない。そんなことがあったとしても耐えられるというのに、10倍の安全係数をかけて作ったとしても、そこに経済的な要因、つまりこれを作るためにコストが10倍に膨れ上がるとか、納期が10倍になるというような場合、私達はしばしばその選択肢を取ることができない。マンションが2000万円で手に入るものが2億円だって言われたならば、私達は2億円払えるはずがないので、「2000万で結構です。それなりに住める家にしてください。」そういうふうについ思ってしまう。言ってみれば便利さと安さ、それを私達は安全さとか、恒久性、というものの代わりに選んでしまう。そして、そのような私達の安全性を支える建造物を作る専門家の人たちも、実際には科学的には完全に解明できない。

 コメントにありました非線形という世界は、非常に厄介な世界で、コンピュータシミュレーションが大活躍するわけですが、私自身が学生の4年生のときにやったのがまさに非線形の差分法による解析というものでした。今では当時もそうなんですが、有限要素法というより精度の高い方法、これが一般に採用されているんですね。差分法によりも有限要素法による方がぶれが少ないという面はあるのですが、有限要素法については私は詳しく勉強していないのでわからないのですが、差分法による解法というのは非常に優れた方法なんですが、その微分を差分に置き換える。有限要素法はそれを立体的に置き換えるっていうだけの話でありますけれど、そういうふうにすることによって、言ってみれば網目を細かくすることによって、立体的な現象に対しても言ってみれば、方式上の仕組みと言ったらいいんでしょうか、皆さんに一番わかりやすいのは3Dモデルを作るときのワイヤーフレームという図形ですね。そういう図形の各点における相互の影響、これを考えることによって、全体的な立体構造について理解することができる。この中にコメントのあった方でロンドンに良い留学された方、これはまさに有限要素法の専門家で、向こうで学位を取ってこられた私の尊敬する弟子の1人でありますけれども、そのような有限要素法というような方法あるいは差分法という方法。それが私達が唯一取りうる方法なんですね。なぜかというと、微分方程式というものは、そのものは非常に基本的なもの以外は人間には解けない。そして、非線形の場合は、線形微分方程式であってもなかなか解くことができないものもいっぱいあるわけです。非線形なると、どういうことが起こるかっていうと、その非線形の微分方程式を解くために、私達は網目をどんどんどんどん細かくしていく。細かくしていくことによって、現象をより精度よく近似することができる。シミュレーションって言いますけど、シミュレーションが本当の現実の現象に極めて近い形で起こりうる、というふうに私達は考える。考えてきたわけですね。17世紀以降、私達はいわば観察を細かくすればするほど、私達の現状に対する認識が精密になり、そして未来は正確に予測される。現在はまだ観測の精度が上がらないからできないけれども、観測の精度が上げれば、それができるようになる。そういうことを私達は楽観的に考えてきました。たとえ非線形のものであろうとも、その観測精度を細かくする。そして、シミュレーションが、人間が実行することができないようなものでも、本当に人間に変わる神の知性を持ったような計算道具を入手するならば、やがてできるようになるはずである。こういう未来に対する楽観が20世紀中頃まで、私達が、全ての人間がと言ってもいいと思いますね。科学者はもちろん、科学を取り巻く人々をも、楽観が取り巻いてきた。あるいはその楽観に取り込まれてきた。そう言っていいと思うんです。

 実際私が生まれ育った20世紀後半、この初期はですね、言ってみれば、科学あるいは技術に対する一般の人々の信仰、これがものすごく深かったわけでありまして、なんで科学や技術に対して人々の尊敬が、あるいは人々の畏怖が、畏怖に似た尊敬と言った方がいいかもしれません。それが人々の心を惹きつけたか。科学的っていう言葉が何で人々にとって輝いて見えたか。未だに科学的という言葉を正しく理解してない人が、いっぱいいると思いますけれども、それは日本を敗戦に追いやった、その敗戦を決定づけた原子爆弾。これが最先端科学、核に関する科学によってもたらされたということ。ほとんど物理を何も知らない、古典力学も知らない人も、原子爆弾という言葉、それを知ったからだと思うんですね。そして、核の持つエネルギーの巨大さ、桁違いに大きい、まさに桁違いなわけです。それの前にそれを人間が制御できる、そしてそれを人間の生活を豊かにすることに役立つ。そういうふうに人々が楽観的に考える。楽観的に考えたことの最も典型的な証拠は、私は鉄腕アトムという漫画が国民的なヒーローになったっていうことに表れているんだと思います。原子のエネルギーを使うことによって、その鉄腕アトムの漫画にはしばしば一番基本的な原子模型、本当に古典的な長岡ラザフォード、明治時代の科学でありますけども、それが描かれていました。

 今原子核っていうのは、人々が例えば放射線の病院に行ったときに、その放射線教室に掛かるほど単純な模型では語ることができないということは、もはや高校生でさえ知っている常識でありますけれども、その科学や原子あるいは原子力エネルギーというのが輝いて見えていた時代。人々がそれに対して憧れた時代ですね。その証拠に、なんと鉄腕アトムの妹は、かわいい妹はウランちゃんという名前であったわけです。そういう時代に、原子力発電というのが夢のエネルギー、日本のように資源のない国において、それが「経済発展」、私に言わせると括弧付き「経済発展」でありますけれども、をするために原子力エネルギーが必須である。こういうふうに考えた国の官僚たちの強力な後押しによって、日本の大きな電機メーカーが全部原子力発電の方に向いてったわけです。皆さんは電気っていうと、電気釜とか電気洗濯機とかエアコンとか、エアコンといえば昔はクーラーという奇妙の英語が日本で流行った時代もありました。電気エネルギーによる熱交換器というのが一番正しいわけでありまして、最近はエアーコンディショナーという。これもずいぶん傲慢な言い方だっていうふうに思います。熱を交換しているにすぎないわけであります。

 そのために必要な電気のエネルギー、この電気のエネルギーっていうものの重要性に最初に注目したのは日本ではエディソンって言われていますが、これが全く嘘でありまして、エディソンは、本当に電気を人々の暮らしに近づけるっていうところ、ここにビジネスチャンスがあるっていうことを見抜いた天才であると思いますが、電気の力を電力として活用する。発電所を作って電気を供給するということ。それの実現可能性に向けて、理論的にも、そして技術的にも先駆的な研究をしたのは、ニコラ・テスラという天才的な科学者でありました。彼は今科学者というふうに言われることなく、技術者というふうに呼ばれてしまいますが、彼の技術は数学に裏付けられた素晴らしいものでありました。交流という考え方でありますね。そしてテスラの想像の世界っていうのは、私達が今現実に展示しているもの全てを上回っている。それを全ての視野に入れているものでありましたけれども、さすがのテスラも、日本のように資源のない国が、世界の先進国ズラするような時代が来るということは夢にも思わなかった。ニコラ・テスラが電力を発電するのに、彼が注目したのは太陽エネルギーであり、そして太陽エネルギーの作り出す滝なエネルギー、ナイアガラ瀑布であったわけですね。ナイアガラ瀑布で流れるだけの水、これを人類の豊かな暮らし、明るい暮らしに結びつけることが簡単にできる。そういうことをひらめいたニコラ・テスラは天才的でありますし、アメリカの有力な電力資本となった会社、日本の有名な大企業・電気企業が経営に参画して、それがもとになって日本の巨大企業が経営が傾くと、そういうことになったもののきっかけ、これもニコラ・テスラであったわけです。日本人の間にニコラ・テスラの名前があまり知られてないのは誠に残念です。

 「三角関数が役に立たない」などと思ってる人たちが多いってというのは、皆さんが、日本人の多くが本当に残念ながら、三角関数が毎日の本当の電気、私達の生活に不可欠な電気その基礎に、非常に重要な役割を果たしているということにすら気づいていない。もう100年も遅れているということですね。100年以上遅れていると言うべきでしょうか。しかしながら日本には数学がよくできる中筋さんのような研究者がいて、安全係数というのを深く考えて、そして先人の経験に基づいて合理的にできる限り節約して、しかし将来に向かって禍根を残すことのないように、という設計をしてくださるわけでありますが、中筋さんのコメントにあった「半減期」という言葉、これは放射性核種の影響力を測る上で非常に重要な概念なんですが、日本人にあまり正しく理解されていると思いません。放射能が半分になる時間っていうふうに大雑把に考えられています。それはそんなに間違っているわけではないんですが、放射性物質あるいは放射性核種と言われる原子の崩壊現象は実は絶えず起こっている。絶えず起こっているんですが、それが原子の個数というのは、人間から見ると本当に天文学的数字、いや天文学的数字のまた天文学的数字倍くらい多いわけです。実はものすごく多い。それは数学を使って累乗という表現を使わないと表現できない数です。皆さんが高等学校で勉強したグラム原子とかグラム分子、そういう極めて基本的な単位でさえ、1023という数が出てくるわけですね。1023というのは億とか京とかそんなレベルで表現できるものではない。そういうくらい巨大な数の原子の中で、あるものがある瞬間に、確率論的に崩壊をしていく。そういう非常に不思議な現象ですが、それを人間がマクロで捉えると、その中でちょうど半分くらいが放射性崩壊する。放射性崩壊し終わる時間、それを半減期というふうに言うわけです。半分になってしまえば、影響力も半分ということです。しかしその半減期が来る前も、常に放射性崩壊は起こっている。だから半減期が来るまではせめて大事に保管すべきであるという考え方が、技術者の間にあるのです。

 けれど、私自身は、人類あるいは動物あるいは生命体がたどってきた長い長い地球の歴史の中で、ホモサピエンスの歴史っていうのは本当に一瞬でしかない。しかも、ホモサピエンスが文字を持った、本当に原始的な文字であったとしても、その文字を持った私達は、まだ解読できてない、例えばミケーネ文明とか、そういうのはあるわけですが、そのくらい古くまでさかのぼったとしてもですね、紀元前数千年、5千年程度なわけですね。紀元前5千年っていうと、7×103年なんです。103年っていうのはどうかっていうと、人間なんか長生きの時代になって、100年までは普通に生きる。125年までは生きるとこういう話がありますが、大雑把に見て人間の寿命は102年、10が2個付く。そのくらいの寿命だとすると、人間が生涯生きる、本当に長生きする、そういう人でも102年なんですね。ということは、紀元前5000年と、今紀元後2000年として、7×103年なんです。7掛けるっていうのがもう面倒くさいから10にしちゃって、1万年の歴史があるというふうに私達が考えることにすると、104年なんです。104年っていうのは、もしみんな100歳まで生きたとすると、実はたった100代でしかない。人間の世代交代っていうのはよくジェネレーションという言葉で語りますけど、30年なんですね。普通に赤ちゃんとして生まれて、子供を育てる。そして子供が一応自分で生きていける年まで生きる、それが30年、3×10ですね。そう考えると100年っていうのは、たった30年で言えば、その3世代分なんです。3世代分ってのはどういうことかっていうと、5000年前から100年が何回続いてきたかっていうと、5000年を、5×103年を102年で割ると、5×10。つまり、50回、50回の間に3回ずつ行うとしても150回ですか。私はこういう計算が苦手なんで、もしかすると1桁ぐらい違っているかもしれません。私は小学校のときに不勉強だったということをここで明かしてしまいますが、本当に計算が今でも不得意です。しかし今の計算が仮に正しいとすると、よく先祖代々の墓というような表現が日本の墓地に行くと見るんですが、石の寿命だって風雨にさらされたらなかなか持たない。先祖代々の墓っていうのは、風格を帯びていてボロボロになっている。これが先祖代々という感じだなっていうふうに私は思うんですが、そうするとそれを建替てしまう現代の人々がいる。ピカピカの先祖代々の墓、どんなにピカピカの墓を作っても、最近はもう石を使わずに人工的に合成したもので作るので、長持ちするようになっていますが、ピラミッドであっても、飾り石は全て風化して無くなっている。そういう時代に私達は生きていますけど、そういう時代から見ても、本当にわずかなわけですね。104年だと仮にエスティメイトしたんですね。それで計算すると104年を102年で割ると、たった102つまり100、その100年間に3世代交代すると、わずか300世代ですよ。つまり先祖代々って先祖300年さかのぼると人類史の起源、私達が初めて文字を発明した時代にさかのぼる。そんな時間しか人類は歴史として持っていないですね。

 しかし、地球は、私も正確な数字を全然覚えていませんが、大体35億年くらいなんじゃないでしょうか。35億年というのを、仮に3×10xなんて置き換えてみてください。億なんていう数は、私達から見ればものすごく大きな数のように見えますが、たった108なんですね。100億って言ったって、1010なんです。たかが知れているんです。100億円持っている人なんてすごいなと思うかもしれませんが、私はいつもそういう人たちの財産を見るときに指数関数で表すことにしていて、私と大差ない。桁数が違うだけだ。しかし、桁違いというのは、社会的にあるいは文化的にはあるいは実用的には巨大な違いなんですね。10進法で言えば1桁2桁違うだけでもえらい違う。そういう違いがある世界のことを私達が物語ろうとするときには、私達の持っているスケールの小ささと同時に、例えば地球あるいは太陽系、あるいは太陽系を含む銀河系、あるいは銀河系を含む宇宙、そういうものの持つ巨大なスケールに思いを馳せるということが、たまには必要なのではないかと。

 そういうふうに考えると、私達は私達のできる範囲内で努力することは大切ですが、私は中筋さんが引用していた高木さんはよく知っている人なんですが、私自身はあまり高木さんのことを高く評価しておりません。彼は技術士のパイオニアであったということで、その点で尊敬しておりますが、19世紀の中頃以前に科学史という世界が生まれ、私達は科学科学といって浮かれているけれども、その科学的な認識というものが極めて現代的な、あるいは近代的な世界観に過ぎない。これは一種のイデオロギーであって、このイデオロギーが歴史貫通的に、あるいは歴史を通して普遍的に万能なものでないということ。これは科学史あるいは科学哲学の世界において、もう大きな声で叫ばれていた時代であったわけです。日本はそういう分野においては、広重徹先生という先生がいて、この人がその分野ではパイオニアリングな仕事をなさっていたと思います。そういう時代、私達が私達の持っている科学に支えられた文明文化、それを人々が謳歌していた時代に、それが本当に科学という名前のイデオロギーにすぎないということで、そういうことに警鐘を鳴らしていた。「私達は、もっと科学というものを相対的に見る眼差しを持たなければならないんだ」ということを言っていた、ということ私は思い出す。中筋さんが高木先生に言及してくれたおかげで、私は広重先生に言及することができました。広重先生もかなりゴリっとした方で、私から見ると、ちょっと古いタイプの学者であったと思いますが、パイオニアであったっていうことは確かであります。

 そして、広重先生、高木先生の前に、私達日本人の誇るべき小倉金之助という、日本では数学史のパイオニアとか数学教育のパイオニアという人がいますが、私は小倉金之助先生を大変深く尊敬しています。決して日本の学問の中央にはいませんし、日本の思想の揺れ動きの中で、小倉先生自身が揺れ動いた方でありますし、小倉先生の数学史理解が正確であったとも今思いませんけれども、しかし志は時代を先取りしていたと思います。私がこのように申しますのは、日本の社会主義あるいは共産主義と言われるものが、ある意味でソ連や中国の影響を強く受けて、非常につまらない思想に偏った。それのために、多くの日本人が現在でも共産主義と全体主義の区別がつかない。そういう情けない世の中に生きていますが、近藤先生もそしてまた私が最も尊敬する数学史の先生も、そういう思想の流れに全く無関係ではいられませんでした。私達は常に、やはり私達の社会と強く結びついているということを私達は忘れてはいけないと思うんですね。

 そして、そのような社会や歴史に拘束されながらも、できるだけ社会や歴史を超えて、真実により接近するために努力する。そのことが大切で、一番主題である責任追及に関して言えば、私自身は本当に再発防止を心がけたいならば、「責任を追及して、こんなことをしたならば、こんなひどい目に遭うんだぞ」というふうに追求することよりは、その責任者に真実を語らせるために、責任追及に関して一定の歯止めをする。言ってみれば、司法取引のようなものでありますけれども、そういう叡智を持たなければならないんではないか。それは罪に対する寛容さではなくて、責任を追及することによって、原因の究明を私達がより良くするための私達の「方法論的寛容」というふうに、私は考えているところのものであります。私達が責任追及という言葉で言えば、第二次世界大戦、特に太平洋戦争その末期の「インパール大作戦」あるいはミッドウエイでもうほとんど敗戦が決まった後でも、日本は神の国であるというふうに言って、戦争を継続した人々、継続を支援した人々、それは末端のを小学校教員まで含まれると思いますけれども、そういう人たちの責任こそ、問われなければいけない。戦争責任というのは、最も重要な人間の犯す罪で、戦争は私達は何としても犯してはいけない。人間が人間を殺す、そんなことがあってはならない。ノーベルの発明がノーベルの時代に、あんなにも、売れたのは、鉱山の採掘が楽になったっていうことではなくて、戦争に勝ちたいという各国の思惑があったからではないかと私は思うのです。

 私はそういう意味で、科学・技術がますます大きな影響を増からこそ、私は過ちを犯すかもしれない科学と技術に対して、言ってみれば責任追及よりも大切なことがある。それは原因究明に協力をすることである。科学や技術が、後から、後出しじゃんけんですね、後から言う。「天気予報士が、昨日天気予報が当たらなかったのはこういう原因があったからです。」こういうような説明をするようなことではあってはならない。「能登半島地震がこんなに大きな被害を起こしたのは、実はこのためであった。」そういうことは、後からだったらいくらでも言える。後から言うことに意味がないとは私は言いません。それは未来を予知するためにとても大切なことだと思います。でも、そのように未来を予測するということは、私達の知恵では誠に貧しいものであるということを忘れてはならない。「科学は本当に短い歴史の上に成り立っているものに過ぎない、という謙虚さを常に持っていなければならない」というのが私の気持ちです。

 私がこのお話をしたのは多分自己責任という言葉の持つ残酷さ、そしてその残酷さと同居する不遜さ、傲慢さ、それに皆さんの関心を少し振り向けてほしいという願いで、多分、夏前に録音したものでありますが、リリースしたのは最近になったんだということを事務局から聞きました。私は無責任にこういうふうに喋っていますが、事務局の人が文字起こしがやりやすかったもの、そして文字起こしに自分自身のご関心があるものということで、順不同あるいは事務局の方の、これは時事性のあるネタであるので早くリリースしなければいけないというご判断が働いたもの。いろんなことで、言ってみれば、私の収録とアップロードの時間順序が全くランダムなようになっておりますので、私の中さんへのご返事が遅くなったことを、深く深くお詫びいたします。とともにこの私の朝寝ぼけた目を目覚ますためにやっている作業を真摯に受け止めてくださり、長い感想をお送りいただいたことに対して、改めて感謝いたします。そのように皆さんの協力を経て、私のよもやま話が、世の中の人々の知の明るさの世界を少しでもより明るくするように役に立つことができれば、私は本当に幸いなことであると、思っております。というわけで、ぜひ皆様から、私が全てにお答えすることができるかわかりませんけれど、できる限り、私はWebサーフィンが苦手なので事務局が送ってくれたものを読むということだけなんですが、生きている限り頑張れる限り頑張ってまいりたいと思っていますので、今後ともこの拙いよもやま話によろしくお付き合いください。

コメント

  1. 中筋 智之 より:

     長周期東北地方太平洋沖地震と東京での構造物の固有周期が近く,共振近く成り,首都直下地震に備え,建物の免・制震が進められ,私が照査した地下鉄は補強中です.
     有限要素法(FEM)について,欧米の汎用programを使うだけでなく日本で開発するのが望まれ,私が就ける立場にも依りますが,ひび割れを考慮した鉄筋concrete shell modelの希望は有ります.FEMで使う行列が高校学習指導要領から外された事を東北大(工)教員は危惧しています.
     Invention, Researches and Writings of Teslaを一読し,交流について理論で詰め実験で確かめ生前,苦労された様ですが,亡後,磁束密度単位として称えられています.
     福島第1原発ALPS処理水を海洋放出すると海産物に影響し中国から批判されない為に, cement水和水に用い遮蔽すれば,放射線半減期は30年で,100年後,濃度は初期の
     (1/2)^(100/30)≈9.9%
    に減らせる案を私は学会に送りました.他にも沸点差を用い分離する検討余地が有ります.教員が政治に中立を課されても良識有る個人として意見を持つ事は大切です.
     私は高木仁三郎に拠る著書の他,原発の本を殆ど読んで慎重に成りましたが,長岡氏は高評価されず技術で解決を試みるならば,核分裂については,放射性廃棄物を地下に埋設する計画は有り,Uran採掘を遠隔操作しAIで制御し,原発を地下に造る案は有りますが,少なくとも戦争を止めないと安全を保てません.核融合については御承知の様に開発中です.
     広重 徹の物理学史を読み,発見に至った仮説を原典又は信用して依拠できる文献を元に記されている事に,私も留意するに至りました.
     小倉金之助全集を読み,問屋を継ぎながら数学書を購入し,欧米・中国・和算について,私学出の学士として質・量共に虚数も含め良く纏められ,数学教育について批判のみならず,理論(真実),家計への実用(工学への応用),興味(心理)を提案され,長岡氏が尊敬されて継がれ数学が好きな方々のみならず大衆に啓蒙されていると感じます.数学史について長岡氏に拠る放送大学textを一読しました.
     TECUMで数学について発信され,私を含む嘗ての受講者や新たな生徒・学生も参照すると思い,今後も数学教育の為,御鞭撻下さい.

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