長岡亮介のよもやま話79「バルバラ」

 今日はちょっと今までと違った雰囲気の話を提起してみたいと考えています。最近では昔からそうだって言われるかもしれませんが、一発芸というのが非常に受けます。確かに凝縮しきったと言っていい一発芸というのは、どのような場面でも会場を沸かせ、人々を爆笑へと誘います。素晴らしい技である。まさに技芸であると私も思います。こういう凝縮しきったものの持っている面白さは、これは一種の俳句なんかにも通用するものでありまして、短く凝縮してこそ面白さがあるということ。その中に、笑いとか、涙とか、趣とか、感動とか、そういうものが凝縮されていて、それを受け取る側のいわば教養によって、あるいは人生経験によって、それがいくらにも膨らんでいく。これは素晴らしいことでありますね。

 他方、非常にわかりづらいと思うもの、長ったらしいと思われるものの中にも、とても良いものがあります。トルストイの「戦争と平和」、長編の代表ですが、それが私はすごく良かったとは思わない。徴兵小説といわれるもの中でも特によかったものとは思わない。長いからいいというわけではない。スケールの大きさという点では、大衆小説であっても長編と言って良い「宮本武蔵」という吉川英治の小説がありますが、話はなんてことはないですけど、ぐんぐん引き込まれて読むというところがあります。しかし、本当に長い小説の持っている凄みというのを、感ずることはしばしばありますね。最も有名なのは、ドフトエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」という小説でしょう。あの小説は、一つ一つの部分もなかなか難しいし、若い人には特にわかりづらいもんだと思いますけれども、あれを読んだときの感動というのは言葉に表すことができない深い問題を考えさせてもらったという感慨が、深く感じられるものです。

 実はこの話をしたのは、私が、最近ビデオ配信するサービスの一つで私が安くて利用しているサイトで、「バルバラ」という映画をやるということを知り、そしてそれを実際に無料で配信してくれているということを知り、もう真っ先にそれを見たわけです。バルバラっていうのは、バーバラと日本語では言ってもいいですが、スコラ教育における論理学において、三段論法における一番基本的な形式、「全てのAはBである。全てのBはCである。よって全てのAはCである。」というようなたぐいの、最も基本的な三段論法。AAA式三段論法。それを、バルバラB A R E B A R A、そこに、アルファベットの文字AAAが3個出てくるっていうんで、バルバラ式といって、バーバラというのは現代の英語では、三段論法の代名詞にさえなっています。

 そういう有名な女性の名前ですが、私にとっては、三段論法なんかどうでもいい。もっともっと深い人生の出会いの思い出で、多分若い人はご存知ないのだと思いますけど、20世紀の中葉から20世紀の終わりにかけて大活躍したフランスのシャンソン歌手、シャンソンというと何か非常に叙情的な歌、それを連想する人が多いと思いますが、バルバラというのもまさにそのシャンソンではありますが、シャンソンがあってシャンソンでない。新しいシャンソンというか、歌であり、詩であり、それは時代へのメッセージであり、そういう素晴らしいもので、詩も素晴らしいんですけど、歌も素晴らしく、声も素晴らしい。そういう歌手がいたわけです。日本にも何回か来て、私は切符が取れる限り通ったものでありますけれども、そして発売されるレコードは全て購入いたしました。本当に偉大な歌手だったと言っていいでしょう。

 その人をその生涯を描いた映画だと言うのですが、映画を見てびっくりしました。もちろんバルバラは現代では生きていらっしゃらないわけですから、今の俳優がバルバラを演じているのですが、音自身、声自身は、歌うときのやつは、昔のものが残っていて、それが活用されている。従って、その舞台映画の中で、本物のバルバラと役者としてのバルバラが重なって見えるように工夫しているわけですが、さらにすごいのはそのバルバラの人生を撮っている映画を撮っているという映画になっている、という構造なんですね。これが、私としては全く最初理解できなくて、本当に長い映画を見てさっぱりわからないという思いにもかかわらず、バルバラの素晴らしいシャンソンを本当に一節でも聞くということの喜びだけで、そのわからないということに耐えて、ずっと見るというのを数回繰り返しました。そして、次第に少しずつこの現代の映画がわかってきたわけであります。

 この難解な映画を商業ベースでリリースしてうまくいく、というふうには普通思えませんから、こういう映画を作り、そしてそれを支持してくれる人がいるという、フランスはやはり文化的な本当の先進国なんだな、というふうに痛感したわけでありますが、皆さんにもわからない映画、難解な映画、難解さを売り物にするのは簡単かもしれませんが、そうではなくてその難解さを通してしか描けないような世界があるんだ、ということ。バルバラという、有名な歌手の生きた人生。それを私達は想像することさえ難しいんだ。私達はバルバラの歌に熱狂した世代でありますが、その熱狂した世代もバルバラの心の奥底に本当に接近していたわけではないんだっていうこと。そういうことを教えてくれる映画でした。

 他方、私が見るビデオ配信サイトでは、必ず最初に自社のコマーシャルが入るんですけれども、そのコマーシャルで流されるものというのは、実にくだらないアニメーション映画であるとか、お笑い番組であるとか、要するに子ども相手なんですね。子ども相手のものも楽しいものがありうると、私は認めますけど、でも、わかりやすく子どもでもわかる楽しいもの、それが全てではない。そして、瞬間的に笑い転げる。そういうような面白い映画娯楽映画。それだけが私達の人生を豊かにするわけではない。笑いもとても大切だと思いますけれど、悲しみも涙もとても大切だと、そういうことを改めて思い出させてくれる映画でありました。皆さんにもぜひどこかで見ていただきたいと思っています。

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