長岡亮介のよもやま話22「春夏秋冬」

 数学的な発想という言葉を聞くと身構えてしまう人も少なくないかと思いますけれど、それがいかに馬鹿馬鹿しいことであるか、あるいは馬鹿馬鹿しいことに起源を発する、と私が考えているかということについては、直前にお話しました。私はここでは、実は数学的な発想というのは決して特別なものではなく、皆さんもごく日常的に経験してる、ということをお話したいと思います。

 というのは最近外国の方と喋っていて、「日本にはフォー・シーズンズがある」と、いわゆる四季というふうに私達が訳しているものですが、「春夏秋冬という季節がある」という話が出たんですね。それではっと思ったのですが、春夏秋冬というふうに一年の気候を四つに分けて考えるというのは、実は日本では割としっくりきてる感じなんですけれども、日本といっても、やはり南北に広い。ですから、沖縄の人そして北海道の人、それぞれにとっては四季といってもだいぶ受け取り方が違うはずではないかと思います。実際私は沖縄に行ったときに、沖縄の方から「沖縄の若い人は紅葉ということを知らないんですよ」という話を伺って、面白いと思いました。葉っぱが秋が深くなってくると赤くあるいは黄色く色づいてくる美しい光景、これは山国育ちの私にとっては秋の本当にいい懐かしい思い出ですが、それが沖縄の子供たちは知らないという話を聞いたことがあります。

 一方で、日本の季節が春夏秋冬の色合いがあるというふうに言うんですけれど、本当に春夏秋冬というふうに四つに分けられるかというと、なかなか微妙ではないかと思うんですね。春といっても春は名のみで、実際はまだ寒い冬だということもありますし、春爛漫という表現にあるように、本当に暖かくて春が来たってという喜びに浮かれる時期もあれば、その直後に梅雨というすごく寒いシーズンがやってくる。そしてそれが開けた途端にものすごいカンカンでの夏が突然やってくる。こういう経験ありますね。昨年のように、夏が一向に夏らしくなく寒い夏であったことも決して少なくありません。秋も同様でありまして、非常に秋は日本では多様な立ち現われをいたしますね。秋の大運動会という、非常に良いお天気に恵まれた素晴らしい体験。これもよくあることですが、しかしその秋でも女心と秋の空とか男心と秋の空とか、どちらに例えるかは人によりかもしれませんが、変わりやすい天気の代表に秋の空が挙げられます。実際秋の気候というのは、素晴らしい良い快晴からとんでもない嵐の日に、あるいは寒い日と雨の日に変わってしまうということもあるわけです。冬についても同様ですね、小春日和っていう言葉がありますが、まさに冬に春のように暖かいそういう日が続くことがあります。2023年のお正月は、まさにそのような小春日和を東京地方の人たちは経験したと思います。

 このように季節一つとってみても、実は四季というほど単純ではないはずなのに、私達はそれを四つというシーズンに分けて考えています。なぜ四つなのでしょうか? なぜ数学的に4という数を持ってきてるのでしょうか? それは私が想像するに、地球が太陽の周りを回る地球が公転する際に、地球自身の自転のための回転軸が太陽を公転するだけの軌道面に対して垂直であれば四季なんかないはずなんですが、それが垂直からちょっと傾いているために、自転軸が公転面に対して垂直でないということのために、地球の一点から見ると太陽が地平線に出ている時間に変化が生じるわけですね。この太陽が照ってる時間の変化というのは非常に決定的な影響を持つわけです。

 というのも、地球の得ているエネルギーの大部分は太陽に由来するもので、私達人間を含め生命体は全て太陽の恩恵で生きていると言っても過言でないくらい、太陽からのエネルギーは決定的に重要であるわけです。太陽からのエネルギーを最も受けることのできる日、それが夏至と言われるところですね。日本では6月の中下旬に起こります。そしてそれが反対に最も少ないとき最も厳しいとき、それが冬至と言われるものですね。日本では12月の末、北半球ではというふうに言うべきかもしれません。言ってみればどんどんどんどん夜が長くなってくる、昼が短くなってくる、太陽に当たる時間が少なくなる、そして最も少なくなった瞬間、それが冬至って言ってもいいかと思います。

 そして冬至を過ぎると段々だんだん夜が短くなり昼が長くなる。希望が段々広がってくるそういう冬至の日に合わせて、キリスト教の大きなお祭りクリスマスが開かれるわけです。夏至冬至はこのように、ある意味で一番暖かい日、一番寒い日、寒い暖かいってのを気温の問題っていうふうに考えると必ずしもそうではないんですが、そうではなくて太陽からのエネルギーが一番大きいとき、一番小さい時、ってそういうふうに考えると、夏至冬至というのが1年に2回起きる。その2回起きるっていうことの必然性は先ほどの太陽の周りを地球が公転する、その公転する際に自転しながら公転する、この自転軸がたまたま傾いている。傾いているけれども、一定に保たれたまま回転していくわけですね。

 そういうわけで、1年を2等分するというのはわかりやすいといえばわかりやすいんですが、それは正反対のところ、冬至と夏至で分けるっていうのは2等分ではあるけれども、あまりにも単純で、そこでより合理的な方法として、冬至と夏至のほぼ中間に日中の長さと長さが等しくなるそういうところがある。それがそれぞれ春分、秋分と言われるところでありまして、平たく言ってしまえば3月そして9月に、そういう日が来るわけです。おそらくこの春分とか秋分というのは、農業のために非常に重要なタイミングだったんだと思うんですね。つまり耕作をする上で、農作業をする上で一番大事なのはいつ種を蒔くか、いつ実りを刈るかということだと思いますが、そのいつ種を蒔くかっていう、そのタイミングを見計らう上で、非常に重要なものであったんだと思います。

 多くの古代文化圏の今に残る遺跡が、何らかの意味で東西南北を正確に測量していたのではないかと推察されることが多いのですが、それは私達の先祖が農業を非常に重視したということの表れだと思います。

 私が申し上げたかったのは、そのような人間の生活を支えていく農業を考える上で、古代の人々が春分・秋分そして夏至・冬至という四つの区切りの点、それを重視したということは科学的に見て自然なことだったと思うのですが、それを生活の中に春夏秋冬という形で、必ずしもその春分・秋分あるいは夏至・冬至というそのピークのときではなくて、ピークとピークの間に少し曖昧な四つのシーズン、それを挟み込んだ。言ってみれば、数学的な合理性を生活にとっての利便性あるいは日常的な感覚に近いものとして、置き換えて理解しようとした。結構昔の人は数学的だったと思いませんか? このような数学的な考え方が実は意外に私達の身の回りにある。言い換えれば、私達は実は本当は数学を身近な道具として使いこなし、それによって私達の生活をより豊かにより文化的なものにしようとしてきた。そういう歴史をこんな簡単な言葉の中でも感ずることができるのではないか、というお話をいたしました。

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